言語を絶する感動に震える名著:夜と霧ヴィクトール・フランクル

人生でただ一冊、ただ一冊しか誰かに伝えることができないのなら、僕は、迷わずこの本を選びます。その本の題名は「夜と霧」。著者は、ヴィクトール・E・フランクル。

 

僕は、18才の時に、この本を母親に紹介されました。当時は、「戦争の話なんて、俺の人生に何の関係もない!」と放っておきましたが、ある日、何かのきっかけで何気なく読み始めた時、私たち同じ人間が、同じ人間に対してこんなにも残酷になれるのか!」と非道さに怒り震え、そして、大の大人の男性が泣き出すその過酷な状況の中でも、崇高に「生きる意味」を見出し生ききった精神科医のヴィクトール・フランクルの生き方・考え方に感動し、文字通り、打ち震えたのです。

 

世界のベストセラー、後世に伝えたい一冊の書籍。僕も子供達が20才前後には、伝えたいと思っている名著「夜と霧」この本の紹介を、大切なあなたにさせてください。

 

夜と霧 ヴィクトール・フランクル

 

1、夜と霧(ヴィクトール・フランクル著)とは?

一見ロマンチックに聞こえる「夜と霧」とは、ユダヤ人精神分析学者ヴィクトール・E・フランクルがアウシュビッツ捕虜収容所での体験を綴った書籍です。

 

「夜と霧」とは「夜と霧に隠れて、夜陰に乗じて」というナチスドイツが反抗する人間たちを拉致して抹殺する作戦名。

 

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わたしたちは、おそらく、これまでのどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。

 

では、この人間とはなにものか?

 

人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とは、ガス室を発明した存在だ。

 

しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ。

 

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僕が、あなたに人生で、たった一冊しか書籍を紹介するチャンスがなければ、間違いなく、この「夜と霧」をご紹介します。重たい話ですが、できれば考えたくない辛い話ですが、目を背けたいことですが、僕の大切なあなたに、わずか一世代前の同じ人間がした弱さと強さを考えるために、敢えて、この「夜と霧」をご紹介させてください。

 

「夜と霧」は、人間の偉大さと悲惨をあますところなく描き、「言語を絶する感動」と評され、世界的なロングセラーとして20世紀の英語版だけでも、900万を超える人に読みつがれています。

 

夜と霧 ヴィクトール・フランクル

 

 

2、夜と霧:アウシュビッツで生きる意味を見つけられるのか?

 

「夜と霧 P102」

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そこに12歳になる少年が運び込まれ、その少年は足に合う靴が収容所になかったためはだしで何時間も雪の上に点呼で立たされ、その後も戸外労働をさせられて、今や彼の足指が凍傷にかかってしまったので、

 

軍医が死んで黒くなった足指をピンセットで附根から引き抜くのであるが、それを彼は静かに見ているのである。

 

この瞬間、眺めているわれわれは嫌悪、戦慄、同情、興奮

これらをすべてをもはや感じることができないのである。

 

苦悩するもの、病むもの、死につつあるもの、死者、これらすべては、数週の収容所生活の後には、当たり前の眺めになってしまって、もはや人の心を動かすことができなくなるのである。

 

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こんな過酷な状況のときに、人は、「生きている意味がない」と思ってしまいがちです。

 

そんな過酷な状況の中、精神科医であるヴィクトール・E・フランクルは彼の実存哲学(ロゴ・セラピー)を完成させます。

 

参考 ( wikipedia ロゴ・セラピー より )  

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「ロゴ」は、ギリシア語で「意味」の意である。ロゴセラピーは、人は実存的に自らの生の意味を追い求めており、その人生の意味が充たされないということが、メンタルな障害や心の病に関係してくる、という見解を基にしている。(心的な疾患は、当事者に人生の意味に関して非常に限定的な制約を課していると言える。)

 

ロゴセラピーは手法として、実存主義的アプローチをとり、下記の3点を基本仮説とする。

 

1)意志の自由 – 人間は様々な条件、状況の中で自らの意志で態度を決める自由を持っている。(決定論の否定)
2)意味への意志 – 人間は生きる意味を強く求める。
3)人生の意味- それぞれの人間の人生には独自の意味が存在している。

 

フランクルは、人の主要な関心事は快楽を探すことでも苦痛を軽減することでもなく、「人生の意味見出すこと」であるとする。人生の意味を見出している人間は苦しみにも耐えることができるのである。

 

夜と霧 ヴィクトール・フランクル

 

3、夜と霧:生きる意味を問う・ロゴセラピー

ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。

 

「わたしたちが、生きることからなにを期待するか」ではなく、むしろひたすら、 「生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ」ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。

 

哲学用語を使えば、コペルニクス的転換が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。

 

生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考え込んだり言辞を弄することによってではなく、ひとにえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。

 

生きるとはつまり、生きることの問いに正しく応える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない』

 

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「人生に何をわれわれはまだ期待できるか」が問題なのではなくて、むしろ、「人生が、何をわれわれから期待しているか」が問題なのである。

 

「私」から「人生」への主体の転換人間は「人生から」問われている存在なのです。

 

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常にどんな状況でも、人が生きることには意味があるのです。今、この瞬間、私たちは、誰かのまなざしに見下ろされているのです。その誰かとは友かも、家族かも、神かもしれない。その見下ろしている誰かに、問われている存在なのです。

 

 

夜と霧 ヴィクトール・フランクル

ヴィクトール・フランクル

 

4、お客様からあなたが「問われている存在」である!

もうお分かりですよね。

 

「あなたが商売・サービスやお客様に何を求めるか?」ではなく、「お客様や商売サービスがあなたに何を求めているか?」が重要という「コペルニクス的転換」が必要なのです。

 

人間は己の欲望だけではなく、家族に対する愛・仲間に対する愛や、仕事への献身・仕事への愛・商品への思い・お客様への思いなど、そこに生きがいを見いだすことが大切なのです。

 

実は、顧客はあなたが何を売っていても良いのです、あなたが「どうあるか?」「どう存在しているか?」が最終的には一番重要なのです。

 
 
最後に、「夜と霧」P189から
 

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私を殺さないものは、私を一層強くさせる

(ニーチェ)

 

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僕は、あなたがどんな時でも、あなたのそばにいてあなたを応援しています。忘れないでくださいね。一緒に頑張りましょう!あなたの営業コンサルタント加賀田裕之です。

 

 

今回は、哲学的なお話でしたが、さらに具体的に営業スキルにご興味がある方は、僕のメール講座にご登録ください!即座に成果を出したいかたは、営業セミナーにご出席くださいね。あなたに、いつかリアルでお会いできる日を楽しみにしています^^

 

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